プチ小説「こんにちは、N先生 120」

私は年に4回東京阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンでLPレコードコンサートを開催していますが、昨年9月以降は催しの開催以外にも楽しみがありました。自分のホームページに大学時代の恩師と再会したいとの呼びかけを掲載したからでした。その先生の著書であるクセノポンの『ギリシア史』の翻訳書の感想文を書いて、大学の頃にその先生にお世話になったので是非お会いしたいと掲載したのでした。残念ながら、9月、12月に恩師は来店されず、今回も前回と同様に催しが始まる前まで名曲喫茶ヴィオロンの前で恩師が来られるのを待っていました。もうそろそろ店内に入って準備をしなければと思っていたところ、君はぼくの本を読んでくれたようだがどうだったという声がしました。振り返るとそこにN先生がいました。N先生はクセノポンの『ギリシア史』を翻訳された恩師をモデルにして私が創作した方でした。
「ああ、N先生でしたか」
「君は本物のぼくが現れないので失望しているようだが、そう簡単に現れると有難みがなくなるだろう」
「でもぼくは先生の笑顔をもう一度見たいと思っているんです」
「笑顔か。君がどんな話をするとその先生は笑顔になったのかな」
「ドイツ語の先生ですが、ご専門がギリシアの英雄叙事詩なので、ギリシア、ラテン文学まずは『イーリアス』と『オデュッセイア』を読むようにと言われました。私がディケンズやモームなどのイギリス文学に興味があると言うとご自身は意識の流れの手法の作家に興味があると言われ、スターンの『トリストラム・シャンディ』、ブロッホの『ウェルギリウスの死』、ジョイスの『ユリシーズ』は面白いから、是非読みなさいと言われたのでした。こういった文学に関する幼稚な私の感想を先生は笑顔で聞いておられました。それともう一つ笑顔で聞かれていたのはクラシックの話でした」
「どんなことを話したのかな」
「クラシック音楽のことで先生と話したことはひとつしか覚えていません。ある日先生が、君は今一番偉大なピアニストは誰だと思うと訊かれました。それでホロヴィッツかリヒテルと最初に言ったと思うのですが、先生が大家のことじゃないとやんわり否定されたので、ポリーニですかと答えると強く否定されたのでした。私は今は、ブレンデルという答えが欲しかったのではと思うのですが・・・それも恩師に直接確認したかったのです」
「まあ、君が頑張って文学賞を取ったりして有名になったら、現れてもらえるかもしれない。だから君はぶつかり稽古をしたりうっちゃりの稽古をしたりしこをふんだりして日々精進に励むのがいい」
「わかりました、そうします」
「ところで君は「アラジン」(「アラジンと魔法のランプの物語」千一夜物語第9巻(岩波文庫)から)を読んだようだが、面白かったかい」
「とても面白かったのですが、私が幼少の頃に読んでずっと思い込んでいた物語と大分違っていたのに驚きました」
「じゃあ、まず君が思い込んでいた話の方を聞こうか」
「わかりました。物語の概要をまず話しますと、まずアラジンは魔法のランプを手に入れますが、それが大冒険の末なのか、市場で購入したのか思い出せません。そうしてランプの魔法使いを呼び出し、財宝をたくさん手に入れてお妃を探すためにあちこち魔法使いを供として魔法の絨毯で旅します。そうしていろいろな冒険をしてお妃を手に入れてハッピーエンドで終わるということだったと思うのですが、そのいろいろな冒険が思い出せません」
「多分、今君が話した内容は、幼稚園か小学校低学年の頃に聞いた話だろう。で、『千一夜物語』にはどう書いてあった」
「まず最初はアラジンが15才になっても同年代の子らと遊んでばかりいたと書かれています。そんなアラジンが適格とマグリブ人の魔法使いがアラジンを旅に連れ出します。マグリブ人の指示でアラジンは洞窟に入りますが、ここのところの経緯を詳しく話すと長くなるので、とにかくアラジンは生き埋めになるが魔法のランプのイフリート(鬼神)に救われます。ただこの後の展開を理解しやすくするためにアラジンはマグリブ人から指輪をもらい、その指輪で呼び出せるイフリートもアラジンのために後に活躍することを知っておいてください」
「そうだね、その召使がいなかったらマグリブ人に奪われた魔法のランプを取り戻せなかっただろう」
「魔法のランプのイフリートが何でも自分の願いを叶えてくれるとわかったアラジンはまずさんざん苦労を掛けた母親を幸せにします」
「お金で苦労していたが、イフリートがいくらでも金貨や宝石を持たせてくれた。それで今までできなかった人との交流もできていろんな知識を身につけた。そうして宝石で飾り付けられ、たくさんの使用人を配置した宮殿も手に入れる」
「そうです、そうしてライバルの総理大臣の息子と結婚することになっていた帝王の娘バドルール・ブドゥール姫も迎え入れます。こうしてアラジンは帝王の跡継ぎも約束されたのですが、アラジンが魔法のランプのおかげで幸せに暮らしていることを知ったマグリブ人の奸計でランプを奪われて、宮殿ごと姫を奪われます。失意のアラジンは帝王から処刑されそうになりなかなか立ち直れなかったのですが、指輪のイフリートを呼び出し姫のところに行くことができて姫の協力を得て薬でマグリブ人の魔法使いを眠らせてランプを取り戻します。こうしてアラジンは以前の生活を取り戻しますがもう一山あります」
「マグリブ人の魔法使いの弟が聖女ファーティマに化けて子供が出来ないと悩んでいるバドルール・ブドゥールに近付き、うその情報を流す。アラジンがそれを実行しようとしてランプのイフリートに言ったところ、ランプのイフリートは至上のご主人の御子を奪えというのかと激怒してアラジンを投げつけるが、アラジンがランプのイフリートに経緯を説明するとランプのイフリートは落ち着き、マグリブ人の魔法使いの弟に油断せぬようにと話してランプの中に戻る」
「アラジンは敵を退治して元の生活に戻ることができますが、そのあとは子供にも恵まれて、母親、帝王、伴侶と仲良く暮らしました。まあ、紆余曲折はありましが、大金持ちになって、帝王とその娘に気に入られて幸せに暮らしたということになります。もし指輪のイフリートがいなかったらどうなったかと思います。でもアラジンが指輪のイフリートに「宮殿と妻を連れ戻してくれ」と頼んだところ、「あなたの注文は私の縄張りではございません」と断ったところは笑ってしまいました」
「そりゃー、それぞれ領分はあるだろうし、指輪のイフリートが、はい、わかりましたと言って問題を解決してしまったら、ランプのイフリートが怒るだろう」
「そうですね、でも、最後のところでランプのイフリートが激怒しているのを読んでどうなることかとはらはらしました。ただ命令をはいはいと聞いてくれる人ではありませんでした。でもすぐにアラジンの言うことを聞いて状況を理解してくれて本当に良かったと思います」