プチ小説「夢の中の夢」

福居はLPレコードコンサートを開催するようになってから24年になるが、いくつかの楽しみがあった。催しで親しくしている東京在住の人に会うのも楽しみだし、名曲喫茶ライオンで持ち込みのレコードを掛けてもらうのも楽しみだった。以前、名曲喫茶ライオンは午前11時から営業していたので、土曜日から日曜日の1泊2日での東京行きだと2回朝からたっぷり持ち込みレコードを掛けてもらえたが、名曲喫茶ライオンの営業が午後1時からになったのでLPレコードコンサートが終わった後に行って持ち込みレコード1枚を掛けてもらえるかどうかということになった。福居は最近爪に火を点す生活をしているので、日帰りでしか東京に行けなかった。運よくリクエストを掛けてもらって楽しい旅を締めくくって次回も頑張ろうと言う気になって大阪に帰りたかったが、最近は五分五分だった。それでも福居には東京行きにもう一つ楽しみがあった。新幹線の中から富士山を撮影することで、福居はなるべくE席を指定できるようにしていた。そうして大井川を渡る直前から富士山を撮影し始めるのだが、まれに浜名湖からも富士山が見えることがあった。しかし浜名湖から見られることはまれで、天気が良くて空気が澄んでいないと見ることはできなかった。今日は生憎朝から雨で福居は昨年の夏から読み始めてなかなか読み終えることが出来ない、岩波文庫の千一夜物語(十)を読んでいた。名古屋駅までは京都駅で買った聖護院八つ橋の生姜煎餅を食べていたので、眠気は起こらなかったが、名古屋駅を過ぎると瞼が重くなって来て豊橋を過ぎる頃には福居は夢の世界に入っていた。
福居は中央線に乗っていたが眠たくなって目を瞑った。中野を過ぎたあたりで起きるつもりだったが、目を覚まして辺りを見るとビルがなくなって田園地帯のようなところを走っていた。しまった、寝過ごした。そう思って扉が開くと電車の外に出て反対方面の電車に乗ろうと思ったが、様子がおかしかった。駅名が書かれた表示板を見たが、〇〇島と書かれていて聞いたことのない駅名だった。手掛かりになる表示も一切なく、人影もなかった。反対方面行きの時刻表を見ると30分後に来ることがわかったので、途中下車して駅の近くを散策しようと考えた。しかし改札口の近くにも人がおらず駅を出ても商店街はなく、駅前の地図を見ると海の近くらしく地図の下半分は青く塗りつぶされていた。福居はLPレコードコンサートに間に合うか心配だったが、開始時間までは1時間あった。海の近くまで行けば保養施設があるかもしれない。そこの人に聞けば情報が得られるかもしれない。そう言えば、昔、こんな夢をよく見た。後期試験を受けるために家を出たのだが円町のあたりで道に迷い、試験に間に合わず留年するという夢だった。そんなことを考えながら、海がある方へと歩いて行った。しばらく歩くと鉄筋コンクリートの建物が見えたので福居はそちらの方へと歩いて行った。高床式の建物で階段を上がるとラウンジがあった。オープンなスペースでカウンターで仕切られ、手前が客席のシート、奥に店の従業員がいてコックが作った料理をウエイターが運んでいた。時計を見ると上りの電車が来る15分前だったが、今から従業員と少し話して駅に戻れば電車に間に合うと福居は思った。グラスを磨いているウエイターの顔を見るとM29800星雲からやって来た宇宙人に似ていた。親近感を持った福居は、谷さんじゃないですかと声を掛けた。M29800星雲からやって来た宇宙人に似た人は、ソンナコトハナイヨとだけ言って奥に消えた。残ったオーナー兼コックと思われる人に訊くと、私らみんな車で来てるから、わからんと言った。福居は今まであったことを纏めるために入口の前に置かれたベンチに腰掛けて腕を組み眼を閉じた。
福居が目を開けると円町の交差点にいた。福居は、思った。やはり今は夢の中にいるんだ。だけどどれが本当の夢なんだろう。この夢が冷めればぼくはうちの3階の寝室で寝ているのだろうか、新幹線の窓際でうたた寝をしているのだろうかそれとも海辺の保養施設の側のベンチで・・・。
ふと気が付くと福居は名曲喫茶ヴィオロンの前の方の席に座っていた。どうやら掛っている曲メロディが美しいので、舟をこいでしまったらしい。右手の手前の席を見るとM29800星雲からやって来た宇宙人が福居の方を見て手を振った。福居は、そうか、会場についてLPレコードコンサートが始まってから、居眠りをしたようだ・・・だが、自分の創作した人物がこちらに手を振るというのはまだ寝ている気もするし・・・。するとM29800星雲からやって来た宇宙人が福居の側にやって来てから言った。
アンタハエルピーレコードコンサートヲヤリオエテウチニカエッテカラネテモ、ココデモウイッカイネテモケッカハオナジナンヨ。トイウノハアンタハダレニモカンリサレトランカラ。ガッコウイッタリオツトメシトランカラ、ズットネテイルノトオナジナンヨ。
福居は、悔しいけれどM29800星雲からやって来た宇宙人が言う通りだと思った。