ディケンズの長編小説の登場人物紹介   ユーモア人物編    

ディケンズの15編の長編小説(ただし『エドウィン・ドルードの謎』は未完)では、物語を和ませる異彩を放つユーモラスな人物が登場することがしばしばあります。『デイヴィッド・コパフィールド』のミスター・ディックやトラドルズ、また考えようによってはユーライア・ヒープもユーモラスな人物と言えないこともないのですが、異彩を放つユーモラスな人物を私なりに選んでみました。なお、『バーナビー・ラッジ』『ハード・タイムズ』は該当者なしです。

太っちょ小僧(ジョー) 『ピクウィック・クラブ』

ウォードル氏に仕える太った赤ら顔の召使い。第4章から登場する。最初は、御者台にいかにも眠そうにして坐って現れるが、しばしば主人のウォードル氏に「ジョー!ジョー!」と叫ばれて眠いのを起こされる。第9章では悪党ジングルの片棒を担いだと主人に疑われ、こっぴどく懲らしめられる。それでも第28章のウォードル氏が催したクリスマスの集いには何事もなかったように登場して、ピクウィック氏と旧知のように言葉を交わす。

グリムウィッグ  『オリヴァー・トゥイスト』

オリヴァーに救いの手を差し伸べるブラウンロウ氏の友人。第14章から登場する。「男の子というのはメリケン粉みたいな子と牛肉みたいな子の二通りしか知らない」というのが持論で。オリヴァーはメリケン粉だという。そうはいいながらも、オリヴァーのことを常に気づかっている。第17章で、「わしの眼に間違いがあったら、この頭を食ってみせるぞ」と言い放ち、第41章、第53章にも同様の発言をしているが、私の場合、その都度、グリムウィッグ氏の頭はきっと食欲をそそる栗まんじゅうのような頭ではないのかと思う。

ヴィンセント・クラムルズ  『ニコラス・ニクルビー』

旅芸人一座の支配人で、経済的に困窮したニコラスを雇い入れる。彼が登場する場面では、一座の舞台裏が披露され(第22章〜第25章)、楽しい気分にさせる。第30章でニコラスは一座を退団するが、別れに際し、表に出てニコラスがよろけるほど抱き締め、「おお、彼だ―我が友よ、我が友よ!」と叫ぶ。これは彼が芝居がかったことをやれるチャンスと考え、わざわざ大衆の面前に繰り出したのだった。

マーショネス(侯爵夫人)  『骨董屋』

サムソン・ブラース法律事務所で働く、年若い小柄な女中。マーショネス(侯爵夫人)は、リチャード(ディック)・スウィヴェラーが名付けた。この物語は終始、沈痛で暗澹とした雰囲気が支配するが、ディック・スウィヴェラーと侯爵夫人が現れると、ぱっとそこだけ明るくなる。スウィヴェラーはブラース法律事務所を解雇され重い病気になるが、侯爵夫人の献身的な看病で回復し、後に結ばれる。

マーク・タップリー  『マーティン・チャズルウィット』

青龍旅館の馬丁。マーティン(老マーティンの孫)の相棒、友人であり、召使い。陽気で楽天的な人物で、気が滅入るような状況下でこそ陽気に振る舞うことを望む。青龍旅館では自分の望みが達せられないとわかると、マーティンについてアメリカに渡る。

カトル船長  『ドンビー父子』

引退した船乗りで、船具商のソロモン・ギルズとその甥ウォルター・ゲイと深い友情で結ばれている。ギルズが店から姿を消してからは、そこに移り、父親ドンビーのもとを逃れて来たフローレンスをかばう。ドンビーに西インド諸島に行かされたウォルターが帰って来て、ギルズが店に戻ると、ギルズのパートナーとして店をもり立てる。彼の前にマックスティンガー夫人が現れると、張りつめた空気が漂う。

バーキス  『デイヴィッド・コパフィールド』

デイヴィッドの乳母ペゴティの実家にデイヴィッドが行く際に、デイヴィッドが乗る馬車の馬丁。第2章から第5章では運送屋と呼ばれる。第5章でデイヴィッドとバーキスが打ち解けてから交わす会話が秀逸。バーキスはペゴティに気があるので、デイヴィッドに言伝を頼む。デイヴィッドとバーキスの努力の甲斐があって、バーキスとペゴティは結ばれる。

ジェリビー夫人  『荒涼館』

彼女の仕事は望遠鏡的博愛と呼ばれるが、ヒロインが語るジェリビー夫人はどこかユーモラスなところがある。娘のキャディが家を出てからは、多くの子供がいる家庭は大混乱となるが、それでも明るい雰囲気は残っている。

フローラ・フィンチング  『リトル・ドリット』

アーサー・クレナムが若い頃の恋人。アーサーが再会した時には、太って、散漫なおしゃべりをする未亡人になっている。第1巻の13章にフローラの様子が描かれているが、「いつも背の高かったフローラは、横幅も増してしまい、息切れがしていた。しかし、そんなことは大したことではない。この前別れた百合だと思っていたフローラは、いまや牡丹になってしまった。しかし、そんなことは大したことではない。かつて言うことなすことすべて魅力にあふれていたフローラは、いまや取りとめなく、愚かな女になってしまった」と書かれている。それでも親切で優しいフローラは、アーサーから頼りにされる。

ジェリー・クランチャー  『二都物語』

昼はテルソン銀行の使い走りをし、夜は死体盗掘をしている。第2巻の14章で死体盗掘の様子が描かれているが、暗い沈んだ場面の多い物語の中で、なぜかこの章だけが笑える。

ウェミックの父  『大いなる遺産』

ピップに金を贈ることをマグウィッチから託された弁護士ジャガーズの法律事務所で働く事務員ウェミックは、休日を父親やスキフィンズ嬢とともに過ごす。第37章には、ピップがウェミックの家に招かれたときのことが書かれてある。ウェミックは父親のために家を改造したり、父親に新聞を素読させて客をもてなし親孝行をしている。父親もそれに応えて、客から話し掛けられると「ジョン、いいとも、いいとも」とうれしそうな様子で答えている。

ウィルファー夫人  『我らが共通の友』

ヒロイン ベラの母親。童天使のような夫はいつも遠慮深く、主導権はいつも彼女が握っている。彼女が登場する場面は、ウィルファー家のなごやかな様子が描かれていることが多く、楽しい気持にさせる。